医学・生物実験のための曝露装置の開発と曝露評価に関する研究

医学・生物実験のための曝露装置の開発と曝露評価に関する研究

わが国をはじめ国内外では、電波防護指針の根拠を再確認するため、または未知の電波による健康への影響の存在を調べるために、様々な医学・生物実験が行なわれています。医学・生物実験を行なうためには、実験動物等に対して正確に所望の電波曝露を行なうことや、疫学調査等における過去の電波曝露量をできるだけ正確に推定することが求められます。

NICTでは、これらの医学・生物実験に参加し、実験動物等に対して正確な電波曝露を実現するための曝露装置開発や、疫学調査等で必要な過去の曝露を高精度に定量化するための曝露評価等の物理・工学的な検討を行なっています。

最新の研究課題として下記の4つがあります。

ラット頭部への電波局所曝露実験

ラットは様々な化学物質等の安全性評価試験でしばしば用いられる実験動物です。そのため、人が携帯電話を使用する場合を模擬したラット頭部への電波の局所曝露実験がいくつか行なわれています。NICTでは、これまでに数種類のラット頭部への電波局所曝露装置を開発しています。

ラット頭部曝露装置1
ラット頭部曝露装置1

上図は小型の曝露暗箱と1/4波長モノポールアンテナで構成されるシステムです。複数のラットをプラスチックホルダーに固定し、天井中心に配置されたアンテナに向かって放射状に配置しています。同時に多数のラット頭部への局所的な曝露(脳平均と全身平均SARの比は2.7-7.0)が行なえます。脳腫瘍発生への影響を調べる長期局所曝露実験等にも利用されましたが、いずれの実験においても、防護指針値以下の電波曝露で脳腫瘍への影響は見られませんでした。

ラット頭部曝露装置2
ラット頭部曝露装置2

上図は8の字ループアンテナを用いたシステムです。従来のモノポールアンテナを用いた曝露装置に比べて、より局所的な頭部への曝露(標的組織と全身平均SARの比は30以上)を実現しています。アンテナの隙間からラット頭部に装着されたクラニアルウィンドウ(頭蓋に埋め込まれた観察用の透明な窓)を介して様々な影響をリアルタイムで観察することができます。この装置を用いることで、電波曝露時にのみあるかも知れない可逆的な生体影響の観察が可能となりました。脳微小循環動態に対する影響を調べる実験、幼若ラットへの局所曝露実験等に利用されましたが、いずれの実験においても、防護指針値以下の電波曝露による生体影響は見られませんでした。

胎児期および新生児期のラットにおける電波全身曝露実験

近年、胎児期・新生児期への電波の影響を評価する実験の必要性がWHO(世界保健機関)でも提言されています。そこで、基地局からの曝露を想定し、胎児期・新生児期で無拘束のラットに、長時間、第3世代携帯電話(W-CDMA)の電波を全身曝露する装置を開発しています。

ラット全身曝露装置
ラット全身曝露装置

上図はケージ内で飼育される無拘束のラットに、天井に設置された3/2波長の直交ダイポールアンテナで作る円偏波の全身曝露を行なうシステムです。ほぼ24時間の連続曝露が可能(ただし、実際の実験では、ラットの観察と飼育ケージの交換等の作業時には電波を止めたため、一日20時間の曝露としています)。従来、ラットはケージ内で自由に動き回ることができるため、正確な電波曝露量を推定することは困難でした。そこで、ラットの様々な配置を想定し、平均的な曝露量を統計的に推定しました。胎児期および新生児期における実験で利用されましたが、一般環境の電波防護指針を上回る全身への電波曝露で、発育、行動、学習・記憶および生殖能力当に対して影響は見られませんでした。

携帯電話使用と脳腫瘍に関する疫学研究

症例対照研究の模式図
症例対照研究の模式図

WHOの提言に基づき国際がん研究機関(IARC)が主体となって脳腫瘍と携帯電話の使用に関する症例対照研究(International Case Control Study of Tumors of the Brain and Salivary Glands、 INTERPHONE Study)が世界13カ国で行なわれ、わが国もこれに参加しています。この研究では、脳腫瘍になった人(症例)と脳腫瘍になっていない人(対照)を集めて、携帯電話の使用履歴を比較しています。わが国の結果では、携帯電話端末の使用の有無、累積使用年数、累積使用時間と脳腫瘍の発症リスクの間には関連が認められず、長期使用者でもリスクの上昇は認められませんでした。NICTでは、携帯電話使用時の頭部内SAR分布に基づく端末の分類や各脳腫瘍に対して頭蓋内の電波曝露レベルを携帯電話端末の機種ごとに推計して累積曝露量を推計する手法の開発など、曝露評価の観点で協力を行ないました。

4つに分類された典型的なSAR分布の例
4つに分類された典型的なSAR分布の例

携帯電話基地局からの電波による症状に関する研究

携帯電話の基地局や端末から発射される電磁界は電波防護指針を越えることはありません。しかし一部に、電波防護指針よりも低い強さの電磁界でも、その存在を感受・反応するという報告があります。そこで、第3世代携帯電話(W-CDMA)システムによる電磁界の曝露が及ぼす影響を心理学的および生理学的に検討し、人が電波防護指針値以下の低レベルの電磁界を感じるかどうかについて、客観的な証拠を収集することを目的としたボランティア実験が行なわれています。NICTでは、被験者に基地局からの曝露を想定した全身曝露を行なうシステムを開発しました。

ボランティア実験のための全身曝露装置
ボランティア実験のための全身曝露装置

上図は吸収体を設置した専用のシールドルーム内にホーンアンテナを配置し、被験者に全身曝露を行なうシステムです。実際の人体に曝露を行なうため、曝露量の精密な制御を行なうとともに、過剰な曝露を防止するための安全装置を有しています。実験と同様に座位の人体数値モデルを用いて、詳細な曝露評価を行ない、曝露レベルが防護指針値以下であることを確認しています。携帯電話に関連した症状を示すグループ(MPRS群)と対照群のそれぞれに電波を照射し、様々な症状の有無やタスク試験の成績等を比較しました。その結果、MPRS群は対照群同様に電波を感知している証拠は見られませんでした。また、電波の有無に関らず、疲れやストレスにより、タスク試験の成績が低下することが示されました。

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